No,44 平成11年11月17日(水)

■私にとっての父■  医師 中山 真里子
 いつまでも暖かく、秋らしい日が少ない今年は美しい紅葉が望めないのではと気を揉んでいるいる内に冬が訪れてしまいそうです。

 予期せぬ父の死から1カ月半が過ぎてしまいました。毎日一緒にいた母や弟たちに比べ、結婚後は1年に一度位しか会ってなかった私は、まだ実感がわかない状態です。

 毎日、眠る間もなく自分の体を顧みず、忙しく働いていた父を早く楽にして上げたいとの思いもあって、父と同じ道に就いた私ですが、結果的には遠くに嫁ぎ、“古里は遠きにありて思うもの”と言い訳しながら、めったに帰郷しなかった私は、父からすればさぞ親不孝な娘であったことと思います。

 父は貧しい農家に生れ、少年時代に父親を病気で亡くしたのと、福島県出身の野口英世を尊敬していたのとで、人の病気を治せる医者になろうと心に決めたようです。満州で義勇軍として戦い、ロシアでの捕虜生活を経験して、故国に引き揚げてからはアルバイト(夜警、屍体洗い、映画のエキストラ等)をしながら苦学の末、医者になりました。そんな父の苦労話を涙ながら、私たち子供達はよく聞かされたものでした。

 昔を偲ぶため「ねぎみそと玄米だけの食事の日」が父により決まり、暫く実行されたのも、今となっては懐かしい思い出です。意志が強く、初志貫徹の実行力ある父は、とても厳しく、頑固で、時には鉄拳が飛びました。反面、とても子煩悩で、旅行すれば子供の土産を忘れず、時間があればドライブに連れていってくれた(スピードをよく出すのでこわい思いもしました)優しい父でもありました。

 そんな父の顔が急に“老人”になったのは2年程前でしょうか。それまでの厳しい父の顔ではなく、“おじいちゃん”になり、背をやや丸めて足元もおぼつかなげに歩く姿に驚きました。やはり老化は足からくるのですね。もう、小浜を訪れてくれることはないのでは、との思いが頭をよぎりました。それがこんなに早く現実になろうとは…

 生涯現役で寝たっきりで人の世話にはなりたくないと言っていた通り、思い通りの充実した人生だったと思います。

 夫に言わせると、私は父とよく似ているそうですので、反面教師の居なくなった今、あの父の短所に気をつけ、父と同じ職業を選んだことを誇りに、長所を生かせるよう精進したいと思います。

■ラブラブの毎日■  助産婦 井尻 千代美
 『絶対に長男とは結婚しない。養子をとる』と言っていた私が、あっさり家を出て、長男と結婚して4ケ月が経ちます。人間に“絶対に−”はないんですね。“絶対いや−”と言っていると、いやな通りになったりすることも多かったりして…

 と、言っても不幸な毎日を過ごしている訳ではなく、新婚気分でラブラブの毎日を過ごしている積もりの私です。それに長男ですが、同居ではないし、いっぱい手を抜いている私の家事に対しても、片目をつぶっていてくれるのか、それとも本当にほこりにも気付いていないのか、分かりませんが何も言わないので、とても楽をさせて頂いています。

 一生、お母さんと赤ちゃんと接することができるこの仕事を続けていきたいと思っているので、この先も片目をつぶって手抜き家事を見守ってやって下さい。私から、いとしいダーリンへの紙上を通じてのお願いです。

お 知  ら せ
1)当院職員にとって1年の内の最大の楽しみとなっている1泊旅行は、今年は一生にもう2度と来られないかも知れない?と思うほどに高価な〓和倉温泉のホテル「加賀屋」に行き、種々の湯場、立派な建物、従業員の行き届いた応対に感心して帰って来ました。不況の折、どの事業にしても、他とは一味違うものを持っていないと人を魅き付けることはできないんだと思い、我々医療の場においてもそれは言えると反省しております。

2)当院の増築も躯体はほぼ出来上がり、これからは内外装に入ります。音がうるさかったりすると思いますが、ご勘弁下さい。さて、前号でその内の多目的ホールについて記しましたが、お母さん方や小さいお子様などを対象として当院がこのホールを使ってできる興味深いイベントや会合でもありましたら、お知恵をお貸し下さい。
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