No,28 平成10年7月10日(金)

■あさりと蛍とタニシ■  総務 松井 正
 私は12年前、内外海(うちとみ)地区の海に面した甲ケ崎の地に少しばかりの土地を得て、やがて小さな家を建てました。最初は週末だけのつもりがいつの間にやら市街地の自宅は放っぱらかしにして年中そこで過ごすようになりました。建てた当初は半径200M四方に人家はなく、田圃と海に囲まれ夏には蛙の大合唱、秋にはこおろぎ、鈴虫などの大交響曲、前の内海は嵐の日でも大波は立たず、穏やかな日は時間と共に海面の色が刻々と変化するという、回りの自然に満足していました。

 そして、年中、前の海に入れば、足指であさりがあっさりつかめ、初夏には家の横の小川に蛍がほのかに舞い、秋口には近くの田圃の水路に大きくなったタニシが沢山いるのを見て、いい所に家を持ったものだと喜んでおりました。

 ところが、それから僅か6、7年後、春先のある日、海に入り何と30分もの間、専用の捕獲器で砂ごとすくっては捨て、すくっては捨て続けても、1個のあさりも入っていないではありませんか。かっては小さなバケツなら30分もあればすぐ一杯になったものを。愕然としました。

 その夏、6から7月にかけて、蛍が一匹も飛んでいないことに気が付きました。そしてとうとう秋になって捜してみるとタニシがいつもの所に全く見当たらない、何たることぞ。一体、何が起きているのか。背筋が寒くなりました。

 それから数年、今夏、蛍はたった2匹だけ確認しました。しかし、海に入って確かめてもあさりはやはり居りません。タニシは今のところ子貝も見当たりません。日本中の多くの小川から“どじょう”や“めだか”が、田圃から“いなご”がいなくなったのと同じことなのでしょうか。

 そういえば「沈黙の春」が日本で出版されたのが昭和46、7年頃。この本にはアメリカの牧場において農薬の害で牛がばたばた死んで逝く話が書かれており、読んだ者の心胆を寒くさせたものでした。そして、それから26、7年も経った昨年、「奪われし未来」が出て、今度は“環境ホルモン”の怖さが訴えられ、その脅威はその後、マスコミでは機会あるごとに取り上げられております。これらの警告書は最早、誰にとっても他人事ではないことを、つくづく身に染みて感じています。何しろ、私自身の身の回りにこのように具体的事実として起きていることがあるのですから。
何が原因なのか、特定はできませんが、恐ろしい時代に入っているようです。

 私の家の回りについこの間までいた、あの海のあさり、川の蛍、田圃のタニシ、私の目の黒い内にまた戻ってくれるのでしょうか。それともそれは夢のまた夢なのでしょうか。

■看護婦 兼 保健婦■  看護婦 兼 保健婦 南 裕子
 当院で働き始めてから3ケ月が経ちました。初めての就職で学ぶことばかりで勉強、勉強の毎日です。

 昨年私は1年間、保健婦の学校へ通いました。生活の基盤になるのは家庭で、その家庭での看護をしたいと考え、保健婦を目指しました。

 入学してすぐ家庭訪問実習を行ない、そこで保健婦として家庭訪問することの基礎を学びました。また、個人的には1年間を通して興味のあった生活習慣病予防についてパンフレットを作ったり、住民の方を指導して、どの程度、生活が改善したのか、統計を出したりしました。

 11月には17日間、保健所、保健センターでの実習をしました。私が実習させてもらった町での母子保健事業の中に「おもちゃ図書館」というのがありました。おもちゃや本で子供の遊ぶ場を提供する ものですが、そこには育児を経験した地域の婦人会の方がボランティアとして、お母さんの悩みを聞いてあげたり、経験者としてアドバイスして子育てを支援していました。

 母親が育児について不安に思うことは多いと思います。そのような中で、気軽に相談できる人や場が必要であると思います。私は育児経験者ではありませんが、看護婦として、保健婦として、日常生活に 根ざした身近な相談者になれたらと思っています。

 そのためには、これからもっともっと勉強していきたいと思っています。

情 報 板
 1)当院の、さあ夏バテに勝とう“バーベキュー大会”は去る7月9日(木)、名田庄村八ケ峰「家族旅行村」で、大人50名、子供10名程の参加の下で行なわれました。よく食べ、よく飲みました。職員一同、これで元気を取り戻しております。

2)当院の一般待合室の壁面でミニ・ギャラリーを開催しています。小浜市の「街角ギャラリー」の先駆です。約2ケ月単位でお貸し下さる方、いらっしゃいましたらお知らせ下さい。目下7月一杯までは元高校教諭 東野時夫さん の油絵です。
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