No,17 平成9年8月12日(火)

■17年ぶりの故郷■  産婦人科非常勤 医師 宮川 桂子
 この5月から主として木曜日、当院の産婦人で診察をしています。"あの人、誰かしら"とささやかれているのではないかと思っています。

 17年振りに故郷に帰ってきたのですが、まさか自分の子供が私の母校に通うことになるとは思ってもいませんでした。帰って来て見ると周りは知らない人が多くなっていました。時々、もと同級生などにも会いますが、彼らがどういう経歴でどういう仕事をしてきたのか、全く分からないので、話していてもチグハグになることがあります。また、彼らにとっても、私は何をしてきたのか、何しに帰ってきたのか、不思議に思われていることでしょう。

 私は地元、今富小、二中、若高から岡山大学医学部を経て、卒後すぐ3年間、沖縄県立中部病院で臨床研修を行った後、沖縄県立宮古病院へ渡り産婦人科医として5年間勤務しました。離島では分娩数は10〜15件/月くらいで1/3から半分は帝王切開でした。とんでもない救急もありました。

 2年前に沖縄を離れ1年間イギリスのリバプールへ行き、熱帯医学を勉強してきました。将来、途上国などで仕事がしたいと思ってのことでした。リバプールでは"子連れでよく来たね"と言われましたが、"子連れで産婦人科医の仕事をするよりは楽ですよ"と答えていました。しかし、学生である私に責任と言うものはなくても、講義についていくのはかなりしんどかったのですが、コースのアドバイザーや教授はできる限りいろいろと助けてくれるし、よく教えてくれるので随分と励まされました。

 そんな経緯がありましたが父の病状悪化で帰国することになりました。その後のことは次号に書かせていただきます。

■お産の感動■  看護婦 杉田 京子
 「お産」と言うものを初めて目にした時、それはまだ看護学生の頃でしたが大きな感動でした。そして、私自身が妊娠して超音波で初めておなかの赤ちゃんの像を見た時、それは現実に自分の身に起ったのだと再び感動しました。

 このところは妊娠、出産に多く立ち会うことになり、感動のし通しですが、特に最近は10年以上も不妊で通っておられた方が‘妊娠’と言う事実を告げられた瞬間、身を震わせて喜ばれるのを見て、涙もろい私は思わず貰い泣きしてしまいます。

 人体は神秘ですが子づくりは本当に不思議です。人それぞれ環境は様々ですが神のみぞ知るこの業、誰にでも等しくおとずれる感動であって欲しいな、と思います。

■言葉のむつかしさ■  看護助手 松宮 豊美
 私が当院で看護助手として働き始めて早いものでもう1年が経ちました。

 私たちの仕事は入院患者さんと接する機会が多く挨拶や会話を交わすことがたびたびです。しかし、言葉一つで相手の方を傷つけてしまうかも知れないし、悲しませてしまうかも知れない、言葉って本当に難しいものです。

 前の職場では年上の人にでも友人に話しかけると同じような話し方で話しかけていました。今のように挨拶や人との会話が大切なこととはあまり考えていませんでした。しかし、この職場を選んだ今は入院患者さんに少しでも気持ちよく過ごして頂くためにも、笑顔で挨拶、相手の身になって話ができるように心掛けて行きたいと思っています。
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