No,15 平成9年6月10日(火)

■新しくふえた私の仕事■  院長 中山 茂樹
 寝起き朝一番の仕事は母乳の匂いに包まれた我が赤ん坊を抱っこすることで、日課となりました。(こうしないと一日中不機嫌な私になったのです。)

 結婚して丸12年、私は今年44歳、妻が42歳という一般的には余り見られないような年での新米の父と母です。今までは、子供はできなくてもいいや、養子でも考えようか、などなど、お子さんのおられない方々と同様、あれやこれやと悩んでいましたが、家内はなかなか非協力的で、ようやく協力すると言ったのが結婚10年目という次第でした。

 努力しても駄目ならよしとするか、と考え様々な手段を取りました。ようやく妊娠したと分かってからも安定期までは人にはなかなか言えませんでした。(産婦人科医としてのプレッシャーがからんでいたようです。)

 夫婦の協調とあせらない努力をしながら、必ず妊娠するという信念をもって日々のプレッシャーをはね除けることの大切さを悟りました。

 先進国ではますます挙児希望のご夫婦が増えつつあり、子供ができにくい原因も種々様々であることの研究が進んでいます。そのご希望で当院にお越しの方々には、少しでも早くお父さん、お母さんになって頂けるよう最新の研究を取り入れ、ご期待に沿いたいと思っていますので、どうかあせらず頑張って下さい。

 私たち新米の親は、こと育児にかけては先輩の皆さんにいろいろ教わりながら、一緒に育児の話ができることを心から願っております。

■看護婦 第一歩■  看護婦 下中 裕映
  私が当院で働き始めて早いものでもう2ケ月が経ちました。

 この春、学校を卒業したばかりの私は病院の現場で働くのは初めてなので、4月当初は緊張の連続でした。院長先生をはじめ助産婦さん、看護婦の皆さん、他のスタッフの方々にご指導を頂き、ようやく慣れてきて現在に至りました。

 最近の私は自動車の免許を取るためと、助産婦になりたいという夢をかなえるために、勤務が終わってから、密かに勉学に励む??日々を送っています。さて、当院で働き始めてから何度か出産に立ち会いましたが、お母さんの中から赤ちゃんが出てきて産声が響きわたる瞬間になんとも言いようのない感動を覚えました。

 これからも初心の緊張感を忘れず、命に対する感動を大事にして、自分自身がベストの状態でいられるよう努力し、患者さんが安心して何でも話せる、そんな看護婦を目指して頑張ります。

■前職が生きた職場■  看護助手 神崎 弓子
 小さい頃は保母さんになることが夢でしたが、高校卒業後は美容の道を選びました。13年間ほど美容師をし、3年間は家で子育てをしていました。その子も保育園、「さあ、また仕事をしょう」と思ったのですが、パートの仕事は限られていました。そんな時、当院の看護助手の仕事を紹介して頂いたのでした。その時、今まで身につけた仕事が生かせるぞと思いました。

 その一つが自分で洗えない入院患者さんのシャンプーです。「お疲れ様でした」とシャンプー台を上げると「ああ、気持ちよかった」と言って頂けることが私にとって一番嬉しい言葉です。

 どの患者さんにも満足して頂けるよう、一日一日心を込めて努力してまいりたいと思っています。
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